2026年節分に行きたい有名神社・お寺|芸能人・有名人参加の豆まき情報

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節分は、豆まきを通して厄を祓い、新しい一年を迎えるための大切な節目です。
全国の神社・お寺では、芸能人や有名人が参加する豆まき行事や、節分ならではの厄除け祈祷が行われ、多くの参拝者でにぎわいます。
本記事では、節分に行きたい全国の有名神社・お寺を、豆まきや厄除けの見どころとあわせて紹介します。
もくじ
節分の本来の意味とは?なぜ豆まきするの?

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節分とは、本来「季節を分ける日」を意味する言葉で、立春・立夏・立秋・立冬の前日にあたる日を指していました。
現在では特に、旧暦において一年の始まりとされていた立春の前日、すなわち二月初旬の節分が重視されるようになり、「一年の区切りの日」として定着しています。
旧暦では、この節分を境に年が改まると考えられていたため、災いや不浄なものを祓い、新しい年を清らかな状態で迎える意味が込められていました。
豆まきの風習が生まれた背景には、古代中国の疫病や災厄を追い払う儀式が日本に伝わり、宮中行事として行われていた「追儺(ついな)」があります。
追儺では、目に見えない災いを鬼の姿に見立て、それを追い払うことで無病息災を願いました。
この考え方が民間に広まり、身近な存在である豆を使って鬼を追い払う「豆まき」という形に変化していったとされています。
豆には「魔を滅する(まめ)」という語呂合わせの意味があり、邪気を祓う力があると信じられてきました。
そのため、炒った豆をまくことで、厄や災いを追い払い、福を呼び込むと考えられてきたのです。
節分の豆まきは、単なる年中行事ではなく、古くから続く「一年を整え直すための儀式」として、今も神社やお寺で大切に受け継がれています。
なぜ神社・お寺で豆まきや厄除けが行われるの?

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神社やお寺で節分の豆まきや厄除けが行われる背景には、日本に古くから根づく「災いを祓い、清らかな状態で新しい年を迎える」という信仰があります。
節分の起源とされる「追儺(ついな)」は、もともと平安時代の宮中行事として行われていた厄祓いの儀式で、疫病や災厄を鬼に見立てて追い払うものでした。
この追儺の思想が神道や仏教の考え方と結びつき、次第に神社やお寺でも行われるようになったと考えられています。
神社では厄や災いを「穢れ」と捉え、それを祓い清めることが重要視されてきました。
節分の豆まきは、穢れを外へ追い出し、福を招き入れるための象徴的な神事として行われています。
一方、お寺では仏教の教えに基づき、煩悩や迷いを鎮め、心身を整える行として節分の行事が受け継がれてきました。
読経や祈祷とあわせて豆まきを行うことで、災厄から守られ、穏やかな一年を願う意味が込められています。
このように神社・お寺で行われる節分の豆まきや厄除けは単なる行事ではなく、古代から続く厄祓いの思想を背景にしたものです。
家庭での豆まきとは異なり、信仰の場で行われることで、「一年の区切りとして心を整える」という意味合いがより強く感じられる行事として今も多くの人に大切にされています。
「鬼は外・福は内」の意味と、神社とお寺で掛け声が違う理由

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節分の豆まきでよく知られる「鬼は外・福は内」という掛け声は、目に見えない災いや病、災難を「鬼」という存在に重ね、それを追い払い、幸福や安寧を家の中に招き入れるという意味を持っています。
古くから日本では鬼は恐ろしい存在である一方、災いを象徴する存在として民間信仰の中に定着してきました。
そのため、節分には鬼を外へ追い出し、福を内へ迎えるという考え方が広まったのです。
しかし、神社やお寺によっては「鬼は外」と言わず、「福は内」のみを唱えたり、独自の掛け声を用いる場合があります。
その理由のひとつが鬼を単なる悪ではなく、守護的な存在として捉えてきた信仰背景です。
たとえば、鬼の姿をした神や仏の眷属が災厄を防ぐ存在として祀られている寺社では、「鬼は外」と唱えることはその守護を否定することにつながると考えられてきました。
また、仏教の世界では、鬼は人の煩悩や迷いを象徴する存在とされることが多く、外へ追い出すというよりも、内面を見つめ直し、心を正す対象として捉えられてきました。
そのため、お寺では「福は内」や「福は内、鬼も内」といった掛け声が用いられることがあります。
これは、鬼を排除するのではなく、災いと向き合い、心を整えることで福を招くという考え方を表しています。
このように、掛け声の違いにはそれぞれの寺社が受け継いできた信仰や歴史が反映されています。
節分の豆まきは一律の作法で行うものではなく、その土地や信仰の背景を知ることでより深い意味を感じられる行事といえるでしょう。
年の数だけ豆を食べたほうがいい?

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節分の日に「年の数だけ豆を食べるとよい」とよく言われますが、これは必ず守らなければならない決まりというわけではありません。
もともとこの風習は、豆まきで厄を祓ったあと福を体の中に取り入れ、無病息災を願う意味から生まれたものです。
豆には「魔を滅する(まめ)」という語呂合わせの意味があり、邪気を遠ざける力があると考えられてきました。
食べる豆の数については、現在の満年齢ではなく「数え年」を基準にするという考え方が本来の形とされています。
そのため、実際には自分の年齢より一つ多い数の豆を食べることになります。
ただし、年齢を重ねるにつれて豆の数が多くなり、負担に感じる人も少なくありません。
近年では無理に年の数だけ食べなくても、数粒を感謝の気持ちを込めていただくだけで十分と考える人が増えています。
大切なのは豆の数そのものではなく、「一年を健やかに過ごしたい」という願いを込めることです。
節分は形式に縛られる行事ではなく、自分の体調や気持ちに合わせて取り入れてよい習わしです。
年の数だけ豆を食べるかどうかに悩むよりも、節分をきっかけに自分自身をいたわり、新しい一年を前向きに迎えることを意識するとよいでしょう。
芸能人・有名人が豆まきに参加する有名神社・お寺
節分の時期になると、全国各地の神社やお寺では芸能人や著名人が参加する豆まき行事が行われます。
これは単なる話題づくりではなく、多くの人に節分行事を身近に感じてもらい、厄除けや福を願う気持ちを広く共有するための取り組みとして定着してきました。
特に歴史ある寺社では、年男・年女やゆかりのある著名人が招かれ、毎年多くの参拝者でにぎわいます。
成田山新勝寺(千葉県成田市)

出典:成田山新勝寺
成田山新勝寺は、平安時代中期の940年に創建された真言宗智山派の大本山で、厄除け・災難消除の祈願寺として全国的に知られています。
平将門の乱を鎮めるため、不動明王を奉安したことに始まると伝えられ、不動明王信仰の中心地として長い歴史を刻んできました。
人生の節目や困難に直面した際に参拝されることが多く、厄年の参拝先としても高い信頼を集めています。
成田山新勝寺の節分行事は「成田山節分会」と呼ばれ、日本有数の規模を誇ることで有名です。
この節分会では、大きく分けて「特別追儺豆まき式」と「開運豆まき(有料)」の二つの豆まき行事が行われます。
特別追儺豆まき式は、本堂前などで厳かに執り行われる行事で、年男・年女や著名人が登壇し、多くの参拝者に向けて豆をまきます。
一方、開運豆まきは、有料ではありますが、より多くの人が参加しやすい形で行われ福を授かる機会として親しまれています。
成田山節分会の大きな特徴は、「鬼は外」の掛け声を用いず、「福は内」のみで豆まきが行われる点です。
これは、不動明王の前では鬼も改心し、災いが福へと転じると考えられてきた信仰に基づくもので成田山ならではの節分の作法として知られています。
また、節分会には毎年、歌舞伎俳優や大相撲力士、大河ドラマ出演俳優、タレントなど、各界の芸能人・著名人が参加してきました。
その様子はニュースやテレビ中継でも取り上げられ、成田山節分会は全国的な注目を集める恒例行事となっています。
2026年は「成田屋」の屋号を持つ歌舞伎俳優の市川團十郎さんに加え、大相撲からは大の里関と豊昇龍関の両横綱のほか、小結・高安関、いずれも前頭の大栄翔関と御嶽海関が参加予定とのこと。
他にも大河ドラマ「豊臣兄弟!」に出演する仲野太賀さん、白石聖さん、山口馬木也さん、宮沢エマさん、大東駿介さんが名を連ね、島津亜矢さんと白井市出身の新浜レオンさんらおなじみの歌手も登場する予定だそう。
厄除けを願う人はもちろん、節分という日本の伝統行事を体感したい人にとっても、成田山新勝寺は特別な一日を過ごせる場所といえるでしょう。
(※当日は豆まきを3回に分けて行い、参加者は回ごとに異なります。一般人向けの観覧エリアが設けられ、集まった人の規模によって入場規制がかけられます。 )

出典:公益社団法人 千葉県観光物産協会
住所:〒286-0023 千葉県成田市成田1
地図:https://maps.app.goo.gl/i6meWxnJX4Bcfxv96
川崎大師 平間寺(神奈川県川崎市)

出典:川崎大師
川崎大師 平間寺は、平安時代後期の1128年に創建されたと伝えられる真言宗智山派の大本山で、「厄除けのお大師さま」として全国的に知られています。
開創の由来は平間兼乗が海中より弘法大師像を引き上げたという縁起に基づき、以来、厄除けや災難消除の霊場として多くの人々の信仰を集めてきました。
特に人生の節目や不安を感じやすい時期に参拝されることが多く、厄年の参拝先として高い知名度を誇ります。
川崎大師では、毎年2月3日に「節分会」が行われ、境内は多くの参拝者でにぎわいます。
節分当日は、本堂前などで豆まきが行われ、厄除けと開運を願って豆や福物がまかれます。
護摩祈祷とあわせて節分行事が執り行われる点も特徴で、一年の厄を祓い、心身を整えるための重要な年中行事として位置づけられています。
川崎大師の節分会では、例年、俳優やタレント、文化人、スポーツ関係者など、さまざまな分野の芸能人・著名人が豆まきに参加してきました。
年ごとに顔ぶれは異なりますが、こうした著名人が登壇することで節分行事への関心が高まり、多くの人が厄除けや福を願って足を運ぶ恒例行事となっています。
厄除けを目的とする人はもちろん、日本の伝統行事を体感しながら一年の始まりを整えたい人にとっても節分の川崎大師は特別な参拝先といえるでしょう。

出典:川崎大師
住所:〒210-8521 神奈川県川崎市川崎区大師町4-28
地図:https://maps.app.goo.gl/MHKB2Q9nF4HRtG8GA
浅草寺(東京都台東区)

出典:浅草寺
浅草寺は、推古天皇36年(628年)に創建されたと伝えられる、都内最古の寺院です。
観音信仰の中心として長い歴史を持ち、江戸時代には庶民文化と深く結びつきながら発展してきました。
雷門や仲見世通りに象徴されるにぎやかな雰囲気は今も多くの人を引きつけ、人生の節目や年中行事のたびに参拝される場所となっています。
浅草寺の節分行事は「節分会」として毎年2月に行われ、下町らしい活気に満ちた豆まきが特徴です。
豆まきでは一般的な「鬼は外・福は内」ではなく、「千秋万歳、福は内」という独自の掛け声が用いられます。
これは、観音さまの慈悲の前では鬼も改心すると考えられてきたためで、浅草寺ならではの節分の作法として広く知られています。
境内の特設舞台からまかれる福豆を求め、多くの参拝者が集まります。
浅草寺の節分会には、例年、俳優やタレント、落語家、文化人など、幅広い分野の芸能人・著名人が豆まきに参加してきました。
年ごとに参加者は異なりますが、その華やかな様子はニュースなどでも取り上げられ、浅草の節分行事を象徴する風物詩となっています。
観光客だけでなく、地元の人々にとっても一年の無事を願う大切な行事です。
厄除けや開運を願う人はもちろん、にぎわいの中で日本の伝統行事を体感したい人にとっても、節分の浅草寺は訪れる価値のある寺院といえるでしょう。

出典:浅草観光連盟
住所:〒111-0032 東京都台東区浅草2-3-1
地図:https://maps.app.goo.gl/kBEfAzBZgLaDZMeQ7
増上寺(東京都港区)

出典:増上寺
増上寺は室町時代の1393年に創建された浄土宗の大本山で、徳川将軍家の菩提寺として知られる由緒ある寺院です。
江戸時代には将軍家の庇護を受け、江戸の宗教的中心のひとつとして発展してきました。
現在も境内には歴代将軍の墓所があり、東京タワーを望む景観とあわせて歴史と現代が交差する象徴的な場所となっています。
増上寺では毎年2月初旬に節分会が行われ、厄除けと無病息災を願う豆まき行事が執り行われます。
節分当日は、本堂周辺に設けられた特設会場などで豆まきが行われ、多くの参拝者が福を求めて集まります。
浄土宗の教えに基づき、厄を力づくで追い払うというよりも心を整え、穏やかに新しい一年を迎えることを大切にした節分行事である点が特徴です。
増上寺の節分会には、例年、俳優やタレント、文化人、スポーツ関係者など、さまざまな分野の芸能人・著名人が豆まきに参加してきました。
参加者は年ごとに異なりますが、著名人が登壇することで行事に華やかさが加わり、多くの人が節分の雰囲気を楽しみながら厄除けを願う恒例行事となっています。
都心にありながらも、落ち着いた空気の中で参加できる点も人気の理由のひとつです。
厄年の節目に心を整えたい人や、静かに日本の伝統行事を体感したい人にとって、増上寺は節分参拝にふさわしい寺院といえるでしょう。

出典:増上寺
住所:〒105-0011 東京都港区芝公園4-7-35
地図:https://maps.app.goo.gl/NyzzhrHCzNDbM4X2A



